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チクングニア熱について

[2025.08.19]

8/18 クリエーターとして運営している日経 COMEMOに最新記事チクングニア熱とはを投稿しました。8/19 日本経済新聞WEB版・オピニオン「COMEMO注目の投稿に掲載されました。

 最近の中国における「チクングニア熱」の流行が取り上げられています。COVID後にはこれまで取り上げられなかったような感染症が次々と取り上げられましたが、「チクングニア熱」は皆様はもちろん、医師でも聞いたことがないと思われるほどまれな蚊で媒介される熱帯感染症の一つです。中国でチクングニア熱猛威 「ゼロコロナ」式統制に懸念も - 日本経済新聞【北京=時事】中国南部で、ウイルス性疾患のチクングニア熱が猛威を振るっている。感染者数は直近で減少傾向にあるものの、広東省www.nikkei.com

 チクングニア(chikungunya)という名前はタンザニアとモザンビーク国境にまたがるマコンデ地方の言葉で「曲げるもの」と訳され、体を屈めて関節の痛みに耐える患者の様子を形容したものといわれています。すなわち、発熱や発疹などの臨床症状はデング熱と類似しますが、遷延する関節の痛みが特徴的であり、数か月から数年に及ぶこともあります。関節の痛み以外はデング熱と比較して有熱期間も短く、軽症で回復することが一般的で、血液検査でも異常所見は比較的少ないといわれています。またデング熱にみられるような出血や重症化傾向はほとんどみられず、一度罹ると免疫が獲得されて再感染は起こしません。しかし、チクングニアウイルスはデングウイルスに比べ、ヒトスジシマカの方が増殖しやすく、ウイルス血症も高いといわれており、日本を含む温帯地域ではデング熱よりもむしろ伝播しやすいと推測されています。従ってデング熱以上に注意すべき蚊媒介感染症なのです。
 チクングニア熱の確定診断は血液検査で行います。有熱期であればウイルス遺伝子を直接検出するPCR法や簡易迅速診断キットによって診断可能ですが、臨床症状だけではデング熱や他の発熱疾患との鑑別は困難です。また軽症であることからも確定診断がなされずに自然に治癒していることもあるかもしれません。但し、流行地において発熱後に関節の痛みが長く続くようであればチクングニア熱であった可能性があると推測されます。生憎チクングニア熱に対する特効薬はありませんので、発熱や関節の痛みに対しては解熱鎮痛薬などを適宜使用するなどの対症療法のみになります。日本への輸入例は年間10例ほどで、2011 年より四類感染症および検疫感染症に指定されています。

実は日本で初めてチクングニア熱輸入例を報告したのは私です!感染症誌(チクングニア熱)

 今回広東省での流行は国外からの持ち込み事例から蚊を介して拡がったと推測され、2014年に70年ぶりに起こった東京・代々木公園を発端としたデング熱の国内流行に類似します。当時COVIDほどではありませんでしたが各メディアからの取材を受けました。「秋の都会」の蚊が危ない? デング熱でウイルスの運び屋「ヒトスジシマカ」の正体 | AERA DIGITAL(アエラデジタル)
 
当時のデング熱流行は患者数が160名ほどまで増加しましたが、気温が下がることでヒトスジシマ蚊の活動性が弱まり感染サイクルが断ち切られたことで流行は終息したわけですが、当時私自身も何例か診療を行いました(当院を受診したデング熱の国内症例の概要 |国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト)。現在も輸入事例は毎年報告されていますが、国内での伝播事例はないという認識です(Dengue_imported_202507.pdf)。

 蚊が媒介する感染症には、最も代表的で適切な治療が行われなければ死に至るマラリアをはじめとして、フィラリア症、デング熱、ジカウイルス感染症、日本脳炎、黄熱、ウエストナイル熱などがありますが、マラリアやフィラリア以外の多くはウイルス感染症で抗ウイルス薬は存在しません。一部のウイルス感染症ではワクチンが存在しますが、国内で接種可能なものは日本脳炎と黄熱のみで、デングウイルスワクチンはタケダ薬品工業が製品化(武田薬品工業が日本でデング熱ワクチン販売へ 出張者需要見込む - 日本経済新聞)しているものの日本国内ではカルタヘナ法の縛りがあり、一般の医療機関では接種ができない状況です(*この記事では日本で販売しているような書き振りですが販売はされていません)。
 蚊媒介感染症は(針刺し事故など直接血液を注入するような行為がなければ)ヒトからヒトへの直接感染はしませんので、消毒やマスク着用などの感染対策は不要です。しかし発熱などの症状があり、血液中に大量のウイルスが存在する時期に媒介するネッタイシマ蚊やヒトスジシマ蚊が吸血し、そのウイルス保有蚊が他の人を吸血した場合には感染が成立します。したがって感染対策としては、疑わしい患者さんが蚊にさされないようにするだけでなく、周囲に生息する蚊の駆除(防虫対策だけではなくボウフラが発生する水たまりをなくすこと)も必要です。病院などでは院内の蚊の駆除も徹底するようにします。したがって今回の中国における対策は少しポイントがずれている印象で、何でも構わず人を隔離する、徹底的に陽性者をあぶり出すような方針は「ゼロコロナを彷彿」と懸念されるように社会には決して良い影響が出るとは思えません。広東省は亜熱帯地域ですので蚊媒介性の病原体がひとたび定着すれば流行が遷延することも考えられます。従ってCOVIDと同様に単に人の行動を制限するのではなく、蚊の生態系などを含めた環境対策も求められます。しかしながらデング熱をはじめとする都市部での流行もみられる蚊媒介感染症の制圧はきわめて困難であり、感染者の報告はしばらく続くものと推測されます。

それでは 「日本での発生および流行の可能性はどうなのか?」です。

 関心が高いことと推測しますが、夏休みで広東省や東南アジアに渡航した方が現地で蚊に刺され、帰国した後に高熱が出現するような場合に感染している可能性は高まります(*単発の輸入例は毎年報告はあります)。そのような場合はご自身で判断せずにまず医療機関を受診して渡航歴の申告をしたうえで診察を受けることです。現在国内ではCOVIDの発生が増加傾向ではありますが、当然ながら海外あるいは空港など多国籍の人が集まる場所においてはCOVIDに罹患する可能性は国内よりも高まりますし、日本ではこの時期ほとんど発生がない季節性インフルエンザの可能性も大いにあり得ます。現在は多くの医療機関でこの2つの感染症の検査は実施されることが多いかと推測しますが、どちらも陰性であり、熱帯地域への渡航歴があり、高熱が続く場合が問題です。
 感染症に詳しくない一般の医療機関ではここで「夏かぜでしょう」と言われてしまうかもしれません。多くはそうかもしれませんが、滞在先を鑑みた上で解熱後皮疹が出現したような場合は、デング熱やチクングニア熱の可能性がさらに高まると考えられます。
 該当患者さんの一部は正確に診断されずに経過してしまうこともあり、もし有熱時期に国内で蚊に刺されればその蚊が生息している限りは他の人にうつす可能性があり、水面下で拡がってしまう恐れもあります。今年は気温が高い日がまだまだ続き、蚊の生息も続くことが予想されますので、ひとたび病原体が持ち込まれ感染サイクルが成立すれば2014年のデング熱流行の再燃またはチクングニヤ熱の初の国内流行が発生する可能性も懸念されます。
 お盆期間中にアジア地域への旅行をされた方も多いかと思います。帰国後に高熱が出た場合はCOVIDやインフルエンザだけを考えるのではなく、このような熱帯感染症の可能性も覚えておいていただければと思います。

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