百日咳の現状とワクチンの課題
百日咳は乳児が罹患すると重症化し、特に6か月未満の場合は致死的になることから、現在は生後2か月からワクチン接種(5種混合:ジフテリア+百日咳+破傷風+ポリオ+インフルエンザb菌)が可能となっています。問題となるのは2か月未満の乳児であり、多くが家庭内で過ごすこの世代にうつしてしまうのは免疫が低下した同居する保護者が多いと推測されます。日本の定期予防接種スケジュールでは、上記の5種混合ワクチンを2か月からほぼ1か月間隔で3回、1歳を過ぎてから追加接種を行い、百日咳の免疫を獲得します。ただその後11-12歳の追加接種のタイミングで接種するのは百日咳の入っていないDT(ジフテリア+破傷風)ワクチンなのです。
海外ではTdap(成人用の破傷風・ジフテリア・百日咳混合ワクチン)が就学前に推奨されていますが、留学する機会でもなければ国内で接種することはありません。したがって当院では渡航外来を受診する方々には一般的な渡航ワクチンである破傷風単独ワクチンではなく、特にこれからお子さんを設けられる可能性のある世代の方々には積極的にDPTワクチンの接種をお勧めしています。また出生直後からの百日咳予防のために、妊婦がTdapワクチンを接種することも推奨されています(妊婦へのTdap接種は妊娠27~30週が好ましい:日経メディカル)。当院ではRSウイルスワクチン(新生児のRSウイルス感染症予防目的)とTdapワクチンをペアで接種希望する妊婦さんの受診も散見されています。
免疫状態を数値化してものとして抗体価がありますが、乳児期のワクチン接種後に成人になって抗体がなくなっている訳ではありません。ただ経時的に減衰していることは下記グラフをみてもおわかりかと思います。1-2歳までに4回接種をした後10年程度で抗体価は下がってきますので、このタイミングでDTワクチンではなくDPTワクチンを接種すべきなのですが、公費での接種がほとんど行われていない現状です(DPTでも可能という名目にはなっているものの積極的に行われている自治体はきわめて少ないと推測されます)。さらに10年前に比べて全体的に防御レベルの抗体保有率が低くなっていることも問題です。

もともと百日咳は多くの成人では軽症であるものの咳が長く続くので「かぜをこじらせている」「感染後咳嗽」「咳喘息」など正確に診断されずに周囲へ感染を拡げている可能性もあると推測されます。ただ飛沫感染する感染症ですので正確な診断如何にかかわらず咳が続いている場合はマスク着用していただくことが個々における対策となります。特に罹患すると致死的となる乳児に感染させないように周囲の大人がワクチン接種を検討するなどの配慮も必要と思われます。また治療に関しても冒頭の記事の通り「薬剤耐性菌」が問題となっています。単に咳が長引くからといって検査も行わずに安易な抗菌薬を使用することは避けるべきであり、患者さん側も抗菌薬の適正使用に関するリタレシーを習得する必要があります。
(日経COMEMO記事より一部抜粋)