COVID罹患後症状を踏まえた抗SARS-CoV2薬の意義
2024年10月22日に登壇した佐賀県小児科医会学術講演会における講演内容「COVID罹患後症状を踏まえた抗SARS-CoV2薬の意義」の要旨です。
SARS-CoV-2感染症(Coronavirus disease; COVID)が発生して4年が経過した。COVIDは症状出現前から感染力があることから、有症状者だけではなく接触者も含めて対策を行わなければならず、感染制御がきわめて困難な感染症との認識のもと国民の行動が著しく制限された。また発生当初は高齢者や基礎疾患をもつ患者での重症化が目立っていたが、次々と変異を繰り返すなかで、特にデルタ株が流行の主体となった時期には感染力が強まり、高齢者だけではなく成人の全年齢層で重症化する患者が散見されるようになった。オミクロン株に置き換わってからは病原性の変化から重症化する割合が減ってきた印象だが、背景には多くの方が複数回ワクチン接種を行ったことや、抗ウイルス薬が使用できるようになったことも関連していると考えられる。感染症法による分類で5類感染症に位置付けられてから多くの制約が緩和され、多くの方が軽症で回復している状況の中で、高額な抗SARS-CoV-2薬を投与する必要性があるのかという疑問が生じても不思議ではない。一方で一部の罹患者では急性期を過ぎても何らかの症状が遷延し、時に日常生活に支障をきたす場合もある。今回はCOVID罹患後症状(LONG COVID)の病態生理を踏まえた上で、抗SARS-CoV-2薬の意義について考えていきたい。
LONG COVIDの病態生理
COVID罹患後症状はSARS-CoV-2に感染した後に感染性は消失したにもかかわらず他に原因が明らかでなく、罹患してすぐの時期から持続する症状、回復した後に新たに出現する症状、症状が消失した後に再び生じる症状の全般を指す。WHOは「Post COVID-19 condition(LONG COVID)」として、「SARS-CoV-2に罹患した人にみられ、少なくとも2ヵ月以上持続し、また他の疾患による症状として説明がつかないもので、通常はCOVID-の発症から3ヵ月経った時点にもみられる」としている(厚労省ホームページ:https://www.mhlw.go.jp/content/001243738.pdf. 2023年10月20日改訂)。複数の総説によれば、ウイルスが残存することにより慢性的な炎症、免疫機能の異常、微小血栓の出現などにより中枢神経、呼吸器系、循環器系、腸管系など多くの臓器機能異常および障害をきたすことによるものと考えられている(Lancet Respir Med. 2023 Jun;11(6):504-506.)。ウイルスの持続感染を支持する報告として、アルファ株からオミクロン株亜系統BA2までの有病率解析において26日以上にわたるシークエンスを持つ381件の持続感染が確認され、最も感染が長かったのはBA1で少なくとも193日間続いていたこと、LONG COVID申告者のうち、持続感染患者は非持続感染患者よりも感染後12週以上でLONG COVIDを報告する確率が55%高かったこと(Nature. 2024 Feb;626(8001):1094-1101.)、感染から1, 2, 4か月時点での固形組織におけるSARS-CoV-2RNAも一定の割合で検出されていたことなどがある(Lancet Infect Dis. 2024 Apr 22:S1473-3099(24)00171-3)。LONG COVID患者でみられる倦怠感の病態生理として、労作後には重度の運動誘発性ミオパチー、局所的および漸進的な代謝障害、骨格筋へのアミロイド含有沈着物の浸潤と関連していることが示されている(Nat Commun. 2024 Jan 4;15(1):17.)。Brain fogについては血液脳関門(BBB)の破綻と持続的な全身的炎症と関連しており、バイオマーカーのうち特にTGFβが強く関連していることが示されている。このTGFβはLONG COVIDと類似した慢性疲労症候群の病因に関与しているとも言われている(Nat Neurosci. 2024 Mar;27(3):421-432.)。
LONG COVIDに影響を及ぼす要因
LONG COVIDは血中セロトニンレベルの低下と関連していることがLONG COVID患者のコホート追跡および質問票調査と病歴レビューに基づいて実施された系統的な症状分析によって示された。メカニズムとして、SARS-CoV-2に感染した細胞からインターフェロン(IFN)が放出され、トリプトファンの取り込みと凝固更新によってセロトニンが減少する。セロトニンの枯渇はウイルスRNA誘導性Ⅰ型IFNによって引き起こされ、セロトニンの欠乏により迷走神経シグナル伝達の低下を介して認知を損なうというものである(Cell. 2023 Oct 26;186(22):4851-4867.)。T細胞依存性IFNγの持続的放出はSARS-CoV-2急性感染後に消失するが、LONG COVIDに進行した患者のコホートで持続することが示され、症状の緩和を報告した患者でIFNγが大幅に低下していた。ワクチン接種後のIFNγの有意な減少が症状の解消と相関がみられたことからLONG COVIDの回避にワクチン接種が有用であることも示唆される(Sci Adv. 2024 Feb 23;10(8):eadi9379.)。LONG COVIDに対するワクチン接種の効果についてはスウェーデンにおける大規模調査においても認められている(BMJ. 2023 Nov 22:383:e076990.)。
LONG COVID患者の就労および復職への影響
LONG COVIDは患者の状態によっては就労へ与える影響も考えなければならない。国内の調査において、54.1%の人が就労に影響があり、このうち1か月以上の休職が40.4%、退職が9.7%、時短勤務が4%で、就労への影響は女性で多く、若年やや高齢者では退職率が高い傾向にあった。特に雇用状況の変化はオミクロン株以降に大きい傾向がみられた(J Clin Med. 2024 Jun 28;13(13):3809.)。
抗SARS-CoV-2薬使用の費用対効果について考える
LONG COVIDの病態は未だ詳細にはわかっていないものの、これらの知見を踏まえれば罹患者によってはSARS-CoV-2が長期にわたり体内に残存する可能性が高い。現在使用可能な抗SARS-CoV-2薬のLONG COVIDに対する効果は明確ではないが、発症初期に投与することで急性期の症状の改善、入院の回避、急性期の死亡を減らすことは証明されている。今後は長期にわたってLONG COVIDの症状がみられる患者に対して効果がみられるのかどうか調査報告が待たれるところである。またウイルスによる臓器への障害が日常生活や就労への影響を及ぼすことも大きな懸念事項であり、時には長期にわたる通院が必要となる可能性もある。急性期(Acute COVID)の症状緩和のみであれば十分な費用対効果が得られるとは言い難いが、入院や重症化した場合だけではなくLONG COVIDによって生じた健康被害にかかる医療費および就労が制限されることによる社会経済活動の抑制、高齢者施設などで感染拡大した場合に要する諸経費などを鑑みるならば、抗SARS-CoV-2薬の早期投与の意義も理解できるのではないだろうか。今後は感染制御の観点からその有効性が実証されることを期待したい。