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4/9 Medical Tribune 記事掲載

[2021.04.09]

Medical Tribuneに特集記事 「感染症の想定外に備える」が4/9 掲載されました

 

コロナ発生当初は想定内の「エピデミック」と認識

 2019年末に中国・武漢市で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、瞬く間に世界に拡散し、1年足らずで1億人以上の人々が罹患するパンデミック(世界的流行)を引き起こした。専門家の多くも、現在のような事態に至るとは予測し難く、まさに「想定外」であったことは否めない。そもそもCOVID-19が知れ渡ったのは、武漢市の海鮮市場を利用した人々の間で「謎の肺炎」が流行したことから、その病原体の解析が行われ、新種のコロナウイルス(SARS-CoV-2)と判明したのが発端である。コロナウイルスは呼吸器感染症の原因ウイルスの1つであり、重症化せずに自然治癒することが多く、初期の報告事例も同様の印象であった。また、発生当初は同市内の海鮮市場利用者が感染の中心で、ヒトーヒト感染は限定的だったため、多くの専門家は想定内の「エピデミック(一定期間に一定の人口に流行する)」という認識を持っていたと推測する。

国内で垣間見る「対岸の火事」的な印象

 一方、グローバル化に伴う世界的な人の移動による世界各地域への一部拡散も当然ながら「想定内」であり、中国での発生からわずか半月で日本でも第1例が報告された。この時期は中国の春節の直前であり、中国当局は人の大移動が見込まれると想定し、武漢市を閉鎖する対策を講じた。春節は海外で過ごす人も多く、渡航先として最も人気のある日本への旅行者も多数想定されていた。にもかかわらず、結果的に武漢市からの直行便や旅行客の受け入れが止まることはなく、検疫体制が強化されたとは言い難かった。COVID-19に限らず感染症のエピデミックや「エンデミック(地域特有の流行)」は世界各地で常に起こっており、人の動きによって時に国境を越えて拡散する。日本は島国であり、陸路で国境を接している地域がないため海外から持ち込まれる感染症に対する検疫を強化しやすい半面、危機意識も諸外国に比べて低い印象がある。2014年に東京都を中心にデング熱の国内伝播が起こったときは、臨床医も含め多くの国民にとって「想定外」の事態であった。また同時期に、西アフリカ地域で流行したエボラウイルス病(エボラ出血熱)が一部の先進国に波及した際は、日本でも疑い症例が散見され、一部の事例は一般クリニックを直接受診していたことも判明した。私の専門は、デング熱に代表される熱帯感染症である。そのため、日本人渡航者の増加が顕著になった2000年初頭から熱帯地域や開発途上国への渡航者によって持ち込まれる輸入感染症の診療および研究に従事してきた。地球温暖化による影響の懸念も強調される中、いずれは国内でのエピデミックが起こると想定し、渡航者のプライマリケアおよび感染対策を啓発してきた。しかし、感染症を専門としない臨床医に垣間見える「対岸の火事」的な印象を感じる機会は少なくなかった。日常的に発生する感染症治療の多くは、高度な専門知識がなくても完結する。また、特殊な感染症が発生しても、一部の専門医が対応することで社会的に大きな問題に発展することなく収束することがほぼ「想定内」とされる。したがって、日常臨床において感染症に対する確かな情報や知識を入手する機会は乏しい。特定機能病院などで義務化されている定期的な感染症対策研修などによるアップデートがなされていなければ、国内での診療に限っていえば、感染症に対する脅威を感じることはほとんどない。

大学病院でも標準予防策の遵守率は低い

 日常臨床ではいかなる感染症でも、病原体が判明する前に初期対応を行わなければならないケースが多い。特異的な治療やワクチンが存在しない輸入感染症も少なくないが、指定感染症に位置付けられている感染症の多くは標準予防策で対応可能であり、患者の症状に応じて飛沫・接触などの感染経路別予防策を追加することで、医療従事者が受ける病原体曝露の可能性を最小限に抑えることが可能である(症状からアプローチするインバウンド感染症への対応.感染症クイックリファレンス)。しかし、世界保健機関(WHO)による「手指衛生の5つのタイミング(5 moments for hand hygiene)」は最も基本的な標準予防策であるにもかかわらず、私が感染管理責任者として勤務していた大学病院でさえも遵守率が高いとはいえず、職種別では医師の遵守率が最も低いとどの施設でもいえよう(ただし、これはCOVID-19発生以前の話である)。これまでCOVID-19による院内感染が相次いで報告されたが、薬剤耐性菌による院内感染も常時起こりうる。そこで、院内感染の発生は「想定内」であると考え、発生した早期の段階で感染源の特定と隔離、感染経路の追跡、周囲への拡散を最小限にするための積極的なスクリーニング検査など、感染拡大を最小限に抑えるために、あらゆる方策を講じることが「想定外」の事態に備えるためには欠かせない行動である。

新興感染症でも感染対策の基本遵守を 

 SARS-CoV-2は感染者数および死亡者数、発症前からでも感染させる可能性、回復後でも臨床症状が遷延する(LONG COVID)など、専門家でも予測できなかった数々の「想定外」を生み出し、日常診療を困難にしてきた。しかし、われわれは試行錯誤しながら最良であると考えられた手段を取ってきた。今後、ワクチン接種が進むことによりCOVID-19に対する診療の在り方も見直されていくであろう。未知な概念が多い新興感染症でも感染対策の基本的事項を遵守することに変わりはない。これまでの知見や経験を生かしつつ、経過とともに判明する科学的根拠を随時アップデートし、「正しく恐れる」ことの基本に立ち返る点も変わりはない。

 
 

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