腸チフス・パラチフス(チフス性疾患)Enteric fever
腸チフスおよびパラチフスは、サルモネラ属の細菌感染によって起こる全身性の感染症で、総称してチフス性疾患(Enteric fever)と呼ばれます。主に衛生環境が十分でない開発途上国で流行しており、日本国内では海外渡航からの帰国後に高熱を発症する代表的な輸入感染症として知られています。感染から発症までに1~2週間ほどの潜伏期間があり、一般的な胃腸炎と違って下痢などの消化器症状が目立たず、段階的に上がる高熱が主症状となる点が特徴です。
腸チフス・パラチフスとは?まず知っておきたい病気の基本
腸チフスとパラチフスは、特定のサルモネラ属細菌がヒトの体内に入り込んで増殖し、重い発熱などを引き起こす細菌感染症です。日本国内における発生報告数は年間20~30例前後で推移しており、そのほとんどが南アジアや東南アジアなどへの渡航歴に伴う輸入例となっています。
一般的なサルモネラ食中毒とは異なり、チフス性疾患は腸管内にとどまらず菌が血流に乗って全身に広がる「菌血症」を起こします。そのため、激しい下痢や嘔吐よりも、持続する発熱や全身のだるさが前面に出やすいという臨床的な特徴があります。放置すると腸に穴が開く腸穿孔などの重篤な状態に陥ることがあるため、早期の診断と適切な抗菌薬治療が求められます。
海外渡航後の発熱や体調不良については、当院の海外から帰国後の診療でも詳しくご案内しています。
チフス性疾患でみられる特徴的な症状
チフス性疾患の潜伏期間は通常7~14日程度で、その後徐々に体温が上昇し、持続する高熱が現れます。チフス性疾患には古くから知られる三徴と呼ばれる特徴的な所見が存在しますが、すべての患者さんに揃って現れるわけではありません。
代表的な3つの症状(チフス三徴)
| 比較的徐脈 | 高熱が出ているにもかかわらず、体温の上昇に見合うほど脈拍数が増加しない状態を指します。 |
|---|---|
| バラ疹 | 胸やお腹、背中などに淡いピンク色の小さな発疹が散発的に出現します。数日で消失することもあります。 |
| 脾腫 | 病原体に対する免疫反応により、左上腹部にある脾臓が腫大する状態です。 |
経過と合併症について
発症初期は頭痛、全身の倦怠感、関節痛、食欲不振など、かぜやインフルエンザに似た症状から始まります。下痢や腹痛などの消化器症状は初期には目立たないことも多く、便秘傾向になる場合もあります。適切な治療が行われないまま第2週、第3週と経過すると、腸出血や腸穿孔、意識障害などの重大な合併症を引き起こすリスクが高まるため、注意深い観察が必要です。
チフス性疾患の原因と感染経路
チフス性疾患は、チフス菌やパラチフスA菌に汚染された飲食物を口にすることによる経口感染が主な原因です。病原体はヒトからヒトへ感染し、動物を介することはありません。
| 病原体 | チフス菌(Salmonella Typhi)、パラチフスA菌(Salmonella Paratyphi A) |
|---|---|
| 主な感染経路 | 菌に汚染された水や氷、加熱不十分な食品の摂取(経口感染) |
| 主な流行地域 | 南アジア(インド、ネパール、バングラデシュなど)、東南アジアなどの衛生水準が十分でない地域 |
感染者の糞便や尿によって汚染された水道水、屋台の氷や生野菜、加熱が不十分な魚介類などを口にすることで体内に菌が侵入します。また、胆石などを持っている方の場合、治癒後も症状がないまま胆嚢内に菌が棲みつく胆嚢内保菌者(キャリア)となり、長期にわたって便中に菌を排出し続けることで二次感染の感染源となるケースも知られています。
チフス菌とパラチフスA菌の違いや種類
チフス性疾患を引き起こす病原体は、サルモネラ属の中でも特定の菌種に限られています。病態や治療方針には共通点が多いものの、菌の種類によっていくつかの差異があります。
チフス菌(Salmonella Typhi)
腸チフスの原因となる細菌です。重症化しやすく、高熱や全身症状が強く現れる傾向があります。海外渡航前の予防策として活用される腸チフスワクチンは、このチフス菌を対象としています。
パラチフスA菌(Salmonella Paratyphi A)
パラチフスの主な原因となる細菌です。腸チフスとほぼ同様の症状を引き起こしますが、一般的には腸チフスに比べて軽症の経過をたどることが多いとされています。ただし、近年の流行地域ではパラチフスA菌の割合が増加傾向にあり、油断はできません。
渡航先に応じた事前の予防接種については、当院の予防接種(トラベラーズワクチン)もご参照ください。
チフス性疾患の検査と診断の流れ
チフス性疾患を疑った場合、まずは渡航歴や滞在期間、現地での飲食歴を詳しく確認した上で、血液検査や培養検査を実施します。初期症状はマラリアやデング熱など他の熱帯感染症と非常に似通っているため、丁寧な鑑別が必要です。
| 確定診断検査 | 血液培養検査(最も重要)、便培養検査、尿培養検査 |
|---|---|
| 血液検査所見 | 白血球数正常~減少、好酸球消失、軽度肝機能異常、CRP上昇、LDH上昇 |
| 画像検査(超音波・CT) | 脾腫、回盲部のリンパ節腫脹や腸管壁の肥厚所見 |
チフス性疾患の確定診断には、血液や便からチフス菌・パラチフスA菌を検出する培養検査が不可欠です。発熱初期には血液培養の陽性率が高く、病気の第2週以降になると便培養の陽性率が高くなります。一般的な血液検査では、細菌感染症であるにもかかわらず白血球が増加しない点や、アレルギーなどで増える好酸球が著しく減少・消失する所見が診断の重要な手がかりとなります。
感染症全般の詳しい検査体制については、感染症検査のページでご案内しております。
チフス性疾患の治療と回復までの注意点
チフス性疾患の基本治療は、原因菌に対して感受性のある抗菌薬の投与です。早期に適切な治療を開始すれば、通常は重い後遺症を残すことなく回復が期待できます。
治療薬の選択と薬剤耐性の問題
かつてはニューキノロン系抗菌薬が第一選択薬として広く使われていましたが、近年、南アジアや東南アジアを中心にニューキノロン系抗菌薬に対する低感受性菌や耐性菌が高頻度に報告されています。そのため、感染した地域や現地の耐性菌動向を考慮し、以下のような薬剤が選択されます。
- 第三世代セファロスポリン系抗菌薬(点滴投与)
- アジスロマイシン(内服投与)
- カルバペネム系抗菌薬(多剤耐性菌が疑われる場合などの点滴投与)
解熱と治療完了までの注意点
チフス性疾患は、適切な抗菌薬治療を開始した後も平熱に戻るまでに数日から1週間程度を要することが一般的です。熱が下がったからといって自己判断で服薬を中断すると、体内に菌が残って再発したり、無症状のまま便中に菌を排出し続ける保菌者になったりする危険があります。医師の指示通りに決められた期間、しっかりと治療をやり遂げることが大切です。
チフス性疾患についてのよくある質問
Q1. 帰国後どれくらい経ってからの発熱ならチフス性疾患を疑いますか?
チフス性疾患の潜伏期間は通常1~2週間(7~14日)程度ですが、摂取した菌量によっては数日から3週間程度に及ぶこともあります。帰国後数週間以内に原因不明の高熱が出た場合は、渡航歴を添えて早めに医療機関へご相談ください。
Q2. 家族や周囲の人へうつる心配はありますか?
空気感染や飛沫感染はしませんが、患者さんの便や尿で汚染された手指を介して経口感染する可能性があります。感染が疑われる間は、トイレ後の徹底した手洗いやタオルの共用を避けるなど、衛生管理を徹底してください。
Q3. どのような予防策がありますか?
流行地では「生水を飲まない」「屋台の氷や生のカットフルーツを避ける」「十分に加熱されたものを食べる」ことが基本です。また、流行地域へ渡航される方には事前の予防接種も有効な予防手段となります。
当クリニックの渡航前相談については、渡航外来をご確認ください。
院長より
チフス性疾患(腸チフス・パラチフス)は、現代の日本では稀な病気となったため、一般的な初期診療では見逃されやすい感染症の一つです。しかし、アジアなどの流行地域から帰国された後の持続する発熱においては、常に念頭に置くべき重要な疾患です。
当院は、麹町駅から徒歩1分、半蔵門駅から徒歩5分、市ヶ谷駅・四ツ谷駅からも徒歩10分の通いやすい立地にございます。入院設備を持たない診療所ではありますが、渡航医学および感染症内科の専門領域に関しては、日本感染症学会認定感染症専門医・指導医、米国熱帯医学会認定医の資格を有し、大学病院や開発途上国における熱帯感染症の診療経験豊富な院長が責任をもって診療いたします。海外から帰国後の発熱でお困りの方や、渡航前の予防相談をご希望の方は、どうぞ安心してご相談ください。なお、病状に応じて入院加療やより高度な処置が必要と判断される場合には、適切な専門医や連携医療機関へ責任を持ってご紹介いたします。
