新型コロナウイルス感染症(SARS-CoV-2 infection; COVID-19)
COVID-19症例の概要(2020.3~2021.9)
新型コロナウイルス感染症の診療状況
国内で初めて新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が確認されてから1年が経過した。これまで多くのデータ解析や症例報告が公表されてきたが、プライマリケアを担う診療所における実態、すなわち軽症者についての情報は多くない。当院は帰国者・接触者外来と同様の機能を有する医療機関として、発生当初からCOVID-19患者の受け入れを積極的に行ってきたことから、自験例についての概要をまとめてみたので報告する。発生当初から疑い症例も数例受診していたが、当時はPCR検査のハードルが高かったことから、確定診断に至った症例は2020年3月中旬からであり、2021年1月末までに65例の確定症例を診療した。年齢層は6歳から72歳までで、10歳未満4.6%、10代7.7%、20代18.5%、30代32.3%、40代9.2%、50代18.5%、60代以上10.8%であった。検査数は889件で行政検査を含む公費によるものが357件、自費によるものが532件であった。当院はトラベルクリニックでもあることから、2020年5月頃から海外渡航者のCOVID-19関連検査証明書発行のために自費検査の需要が急増した経緯がある。検査陽性率は行政検査のみを実施していた2020年3〜4月は30〜40%であったが、自費検査も含めた5〜11月までは10%未満を推移し、検査数が急増した12月および2021年1月は12%程度になった。診察の結果、保険適用外と判断した受診者も含め、自費検査で陽性になった者はひとりもいなかった。臨床症状は、検査体制が整っていなかった2020年夏頃まではインフルエンザ様の高熱を主訴として受診する患者が圧倒的に多い印象があったが、検査が容易にできるようになった秋以降では発熱のない患者も散見されるようになった。全期間で37.5℃以上の発熱がみられた患者は37例(56.9%)であったが、1日のみの発熱で受診時には解熱していたような患者が秋以降に目立つようになった印象がある。COVID-19に特徴的な味覚・嗅覚異常がみられた患者は20例(30.8%)であり、約半数(16.9%)がそれのみであった。全く自覚症状がなかった患者は13例(20.0%)であったが、すべて患者家族などの濃厚接触者であった。また全例に対して詳細な聞き取りを行った結果、感染経路がある程度特定された事例は62例(95.4%)で、会食26例(40.0%)、同居者20例(30.8%)、職場9例(13.8%)、接待を伴う飲食店従業員および役者7例(10.8%)であり、ほとんど外出していない独居者など聞き取りでは感染経路が推定できなかった事例は3例のみであった。(日本医事新報社 医事新報【識者の眼】2021.3.6号より)
新型コロナウイルス感染症の診療状況・続報
本年3月6日号で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の概要を報告したが、それ以降7月頃からデルタ株による大きな流行の波が押し寄せた。東京都では8月13日に国内発生以来の最多の5773人を記録し、都内中心部にある当院でも発熱患者・検査陽性者数が急増した。小児事例も相次いで確認され、これまで多くみられていた家庭内での同居家族からの感染例だけでなく、高熱を主症状とする小児同士の感染例や小児から同居する成人への感染事例も目立つようになった。当院の直近4カ月の検査陽性率は6月:0%、7月:57.9%、8月:55.2%、9月:8.7%、10月:0%だった。SARS-CoV-2核酸検出時のCt(threshold cycle)値が低い事例も目立ち、同時期のCt平均値(中央値)は7月:18.25(17.43)、8月:19.87(20.22)、9月:25.42(24.78)だった。また8月中旬頃までは多くの陽性者がワクチン未接種者または1回のみ接種者だったが、9月以降に受診した発熱患者の多くがワクチン2回接種者で、検査陽性率は激減した。さらに詳細な問診でも、これまで陽性者の多くに共通して確認されていた「多人数・長時間・マスクなしの会話」機会のある受診者がほとんどみられなくなったことからも人々の行動変容が如実に現れていることを実感した。COVID-19が疑われるまたは不安に思っている有症者がまず訪れる診療所でのこのような動向は、公的機関が発表するデータに反映されていると思われるが、第5波が急激に収束に向かった明確な理由は結論づけられていない。しかし、9月以降に受診する多くの患者のワクチン接種率や発熱患者の行動形態の変化を実感するところを鑑みれば、「職域接種などで急速に進んだワクチン接種完了者の増加による集団免疫の獲得」、「急速に拡散したデルタ株による感染者および重症者の増加とその影響による本来入院が必要とされるはずの自宅療養者増加の現状を目の当たりにした都民の不安や恐怖心からくる行動変容」の2つの変化が主要因ではないかと考えている。ただ疑問に思うのは、緊急事態宣言が解除され、行動制限緩和が進んでいく状況であっても、実行再生産数や検査陽性率が上昇に転じることなく1カ月以上持続的に下がり続けていることである。ピーク時には次々と感染伝播が起こっていたワクチン未接種集団の小児同士での感染事例も減っていることや、急激な減少をもたらすほどの行動変容がどれほど持続できるものなのか等を鑑みると、病原体の変化による感染力の低下も収束への影響を及ぼしているのではないかと憶測される。(日本医事新報社 医事新報【識者の眼】2021.11.6号より)
*新型コロナウイルス感染症治療薬について
- モルヌピラビル(ラゲブリオ®カプセル)
COVID-19のはじめての経口治療薬で2021年12月24日に特例承認されました。2022年9月16日より一般流通されています。症状出現後できるだけ早く内服を開始することが推奨されます。詳細につきましては患者さん向け説明文書をご参照下さい。
- エンシトレルビルフマル酸(ゾコーバ®錠125mg)
COVID19のはじめての国産経口治療薬で2022年11月22日に緊急承認されました。2023年3月31日より一般流通されています。確定診断された軽症者に対しても処方可能です。但し併用禁忌薬・併用注意薬が多数ありますので常用薬を確認する必要があります(確認できない場合は処方できません)。詳細につきましては患者さん向け説明文書をご参照下さい。
ゾコーバ錠を服用される患者さんとそのご家族の方へ_2024.3
- ニルマトレルビル錠/リトナビル錠(パキロビッド®パック600/300)
COVID-19の経口治療薬で2023年3月22日より一般流通されています。但し併用禁忌薬・併用注意薬が多数ありますので常用薬を確認する必要があります(確認できない場合は処方できません)。詳細につきましては患者さん向け説明文書をご参照下さい。
COVID罹患後症状を踏まえた抗ウイルス薬の意義
SARS-CoV-2感染症(Coronavirus disease; COVID)が発生して4年が経過した。COVIDは症状出現前から感染力があることから、有症状者だけではなく接触者も含めて対策を行わなければならず、感染制御がきわめて困難な感染症との認識のもと国民の行動が著しく制限された。また発生当初は高齢者や基礎疾患をもつ患者での重症化が目立っていたが、次々と変異を繰り返すなかで、特にデルタ株が流行の主体となった時期には感染力が強まり、高齢者だけではなく成人の全年齢層で重症化する患者が散見されるようになった。オミクロン株に置き換わってからは病原性の変化から重症化する割合が減ってきた印象だが、背景には多くの方が複数回ワクチン接種を行ったことや、抗ウイルス薬が使用できるようになったことも関連していると考えられる。感染症法による分類で5類感染症に位置付けられてから多くの制約が緩和され、多くの方が軽症で回復している状況の中で、高額な抗SARS-CoV-2薬を投与する必要性があるのかという疑問が生じても不思議ではない。一方で一部の罹患者では急性期を過ぎても何らかの症状が遷延し、時に日常生活に支障をきたす場合もある。今回はCOVID罹患後症状(LONG COVID)の病態生理を踏まえた上で、抗SARS-CoV-2薬の意義について考えていきたい。
LONG COVIDの病態生理
COVID罹患後症状はSARS-CoV-2に感染した後に感染性は消失したにもかかわらず他に原因が明らかでなく、罹患してすぐの時期から持続する症状、回復した後に新たに出現する症状、症状が消失した後に再び生じる症状の全般を指す。WHOは「Post COVID-19 condition(LONG COVID)」として、「SARS-CoV-2に罹患した人にみられ、少なくとも2ヵ月以上持続し、また他の疾患による症状として説明がつかないもので、通常はCOVID-の発症から3ヵ月経った時点にもみられる」としている(厚労省ホームページ:https://www.mhlw.go.jp/content/001243738.pdf. 2023年10月20日改訂)。複数の総説によれば、ウイルスが残存することにより慢性的な炎症、免疫機能の異常、微小血栓の出現などにより中枢神経、呼吸器系、循環器系、腸管系など多くの臓器機能異常および障害をきたすことによるものと考えられている(Lancet Respir Med. 2023 Jun;11(6):504-506.)。ウイルスの持続感染を支持する報告として、アルファ株からオミクロン株亜系統BA2までの有病率解析において26日以上にわたるシークエンスを持つ381件の持続感染が確認され、最も感染が長かったのはBA1で少なくとも193日間続いていたこと、LONG COVID申告者のうち、持続感染患者は非持続感染患者よりも感染後12週以上でLONG COVIDを報告する確率が55%高かったこと(Nature. 2024 Feb;626(8001):1094-1101.)、感染から1, 2, 4か月時点での固形組織におけるSARS-CoV-2RNAも一定の割合で検出されていたことなどがある(Lancet Infect Dis. 2024 Apr 22:S1473-3099(24)00171-3)。LONG COVID患者でみられる倦怠感の病態生理として、労作後には重度の運動誘発性ミオパチー、局所的および漸進的な代謝障害、骨格筋へのアミロイド含有沈着物の浸潤と関連していることが示されている(Nat Commun. 2024 Jan 4;15(1):17.)。Brain fogについては血液脳関門(BBB)の破綻と持続的な全身的炎症と関連しており、バイオマーカーのうち特にTGFβが強く関連していることが示されている。このTGFβはLONG COVIDと類似した慢性疲労症候群の病因に関与しているとも言われている(Nat Neurosci. 2024 Mar;27(3):421-432.)。
LONG COVIDに影響を及ぼす要因
LONG COVIDは血中セロトニンレベルの低下と関連していることがLONG COVID患者のコホート追跡および質問票調査と病歴レビューに基づいて実施された系統的な症状分析によって示された。メカニズムとして、SARS-CoV-2に感染した細胞からインターフェロン(IFN)が放出され、トリプトファンの取り込みと凝固更新によってセロトニンが減少する。セロトニンの枯渇はウイルスRNA誘導性Ⅰ型IFNによって引き起こされ、セロトニンの欠乏により迷走神経シグナル伝達の低下を介して認知を損なうというものである(Cell. 2023 Oct 26;186(22):4851-4867.)。T細胞依存性IFNγの持続的放出はSARS-CoV-2急性感染後に消失するが、LONG COVIDに進行した患者のコホートで持続することが示され、症状の緩和を報告した患者でIFNγが大幅に低下していた。ワクチン接種後のIFNγの有意な減少が症状の解消と相関がみられたことからLONG COVIDの回避にワクチン接種が有用であることも示唆される(Sci Adv. 2024 Feb 23;10(8):eadi9379.)。LONG COVIDに対するワクチン接種の効果についてはスウェーデンにおける大規模調査においても認められている(BMJ. 2023 Nov 22:383:e076990.)。
LONG COVID患者の就労および復職への影響
LONG COVIDは患者の状態によっては就労へ与える影響も考えなければならない。国内の調査において、54.1%の人が就労に影響があり、このうち1か月以上の休職が40.4%、退職が9.7%、時短勤務が4%で、就労への影響は女性で多く、若年やや高齢者では退職率が高い傾向にあった。特に雇用状況の変化はオミクロン株以降に大きい傾向がみられた(J Clin Med. 2024 Jun 28;13(13):3809.)。
抗SARS-CoV-2薬使用の費用対効果について考える
LONG COVIDの病態は未だ詳細にはわかっていないものの、これらの知見を踏まえれば罹患者によってはSARS-CoV-2が長期にわたり体内に残存する可能性が高い。現在使用可能な抗SARS-CoV-2薬のLONG COVIDに対する効果は明確ではないが、発症初期に投与することで急性期の症状の改善、入院の回避、急性期の死亡を減らすことは証明されている。今後は長期にわたってLONG COVIDの症状がみられる患者に対して効果がみられるのかどうか調査報告が待たれるところである。またウイルスによる臓器への障害が日常生活や就労への影響を及ぼすことも大きな懸念事項であり、時には長期にわたる通院が必要となる可能性もある。急性期(Acute COVID)の症状緩和のみであれば十分な費用対効果が得られるとは言い難いが、入院や重症化した場合だけではなくLONG COVIDによって生じた健康被害にかかる医療費および就労が制限されることによる社会経済活動の抑制、高齢者施設などで感染拡大した場合に要する諸経費などを鑑みるならば、抗SARS-CoV-2薬の早期投与の意義も理解できるのではないだろうか。今後は感染制御の観点からその有効性が実証されることを期待したい。
(2024. 10.22 佐賀県小児科医会学術講演会 要旨)
(現代書林:2022.12.6発売)