水痘の流行と帯状疱疹との関連性
感染症の流行が少しでもあるとすぐに報道される傾向にある今日この頃ですが、最近では水痘が話題になっています。東京都感染症情報センターの定点報告(以下)でも今年の発生数は最近5年間の中では突出しています。しかし年齢別でみるとピークである19週においては98.5%が15歳未満で30歳以上の報告例はゼロです。したがって多くの成人が慌てる必要性は低いのです。

「水痘」はヘルペスウイルスの一種である水痘帯状疱疹ウイルス(Herpes zoster)によって引き起こされるウイルス感染症で初感染の場合を言います。水痘に罹ると抗体を獲得して再度「水痘」として発症することはありませんがウイルスは体内の神経節に潜伏します。免疫状態が落ちてきた場合に再活性化を起こして発症するのが「帯状疱疹」です。すわなち、水痘と帯状疱疹は同じウイルスによる感染症ですが、初感染の場合を水痘と呼び、潜伏したウイルスが活動を再開して症状が出た場合を帯状疱疹と呼びます。「水痘」は空気感染をしますので免疫のない人であればぼほ感染しますが、「帯状疱疹」は空気感染はしません(*播種性を除く)ので感染対策が異なります。(*通常の帯状疱疹は神経支配領域に沿って水疱ができますが、播種性帯状疱疹はその範囲を超えて全身に広がるので水痘と同様に空気感染対策が必要となります)

1999年4月の感染症法施行後の感染症発生動向調査によると、約3,000の小児科定点医療機関から毎週1,300~9,500例の報告があり小児の代表的な感染症でした(水痘|国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト)。水痘ワクチンの定期接種が開始される前は任意接種として行われていましたが、罹患する子どもたちも多く、学童期から抗体保有率が急激に高くなっているのはその影響と推測されます(以下グラフ)。しかし2014年から定期接種化されたことで自然に罹患する機会が減り、抗体獲得機会の多くはワクチンによるものとなっています。0-5か月は母体からの移行抗体の影響がありますが6か月以降はその影響がなくなり、1歳以降のワクチン接種により抗体が上昇します。当然ながら罹患するよりは免疫の獲得は弱いですので周囲での流行が少なくなれば自然に免疫が増強する機会も減少し、経時的に抗体は下がってきます。これが以下グラフの5-9歳で谷になっている理由と考えられ、今回の流行の中心世代となっています。

したがって成人の場合は子どもが水痘に罹患したからといって必ずしもワクチン接種をすることはなく(上記のとおり30歳以上での報告例はゼロ)、少しでも免疫があれば抗体価が増強することにより健康な方であれば再活性化の抑止につながる可能性もあります。このことは定期接種が開始された後に子育て世代の免疫増強効果が減少して20~40歳代の帯状疱疹罹患率が増加していることからも推測できます。

2021年に帯状疱疹ワクチンに関する記事を毎月連載している日経COMEMOに投稿しました。帯状疱疹を予防するワクチンがあることをご存じでしょうか?|水野泰孝 Global Healthcare Clinic(2021/10/27 投稿記事)最近この帯状疱疹ワクチンが認知症予防に効果があることが報告されました(帯状疱疹接種で認知症減? 7年間の発症、20%少なく 米チーム分析 - 日本経済新聞)。この報告は英国ウェールズで行われた調査であり、2013年9月に79歳を対象に帯状疱疹ワクチン接種を開始した背景があります。この時80歳が目前だった人たちは47.2%が接種を受けた一方で80歳になったばかりで接種機会を逃した人たちは0.01%しか受けませんでした。2グループの間で教育水準や生活習慣病など認知症に影響する要因に違いはありません。7年後までに約8人に1人が認知症を発症。接種した人はしなかった人に比べ20%、発症が少ないことがわかりました。また女性のほうが大きくリスクが減りました。

この報告はZostavaxという生ワクチンによるデータですが、現在日本で定期接種にも使用されている不活化ワクチン(シングリックス®)でも同様のデータが発表されています。

今年度から帯状疱疹ワクチンは65歳を対象に定期接種となりました(帯状疱疹の定期接種来春から 65歳対象、経過措置も - 日本経済新聞)。疾患の発症予防だけではなく認知症に対する効果も期待できる可能性があることから該当年齢の方は接種を推奨します。65歳以外の年齢で健康な方でも自治体によっては50歳以上から助成がありますのでご検討いただければと思います。
https://comemo.nikkei.com/n/n5223fdeae1e1?magazine_key=mb7af516ae320(日経COMEMO記事)
帯状疱疹 Herpes zoster